部屋の片づけには生活を軽やかに変える力があります。と同時に “生き方や考え方” も、人生の節目節目でそれを整えることが必要かもしれません。人生の中で抱えてきたものは、物だけではありません。
人からどう思われるか。過去への後悔。「こうあるべき」という思い込み。知らず知らずのうちに、心の中にもたくさんの荷物を抱えています。
これからの人生を、少し軽くするために。手放しても良いのではないかと思う「心の荷物」を10個。幸福学やカウンセリングの学びから、そして日本の諺を絡めながらまとめてみました。
人からどう思われるか
「人の噂も七十五日」
人の噂は、いつまでも続くものではない。そんな意味を持つ諺です。
「あの人にどう思われただろう」「嫌われたかもしれない」「ちゃんとしていると思われたい」長い人生の中では、そんなことを気にしてきた時間も、誰にでもあると思います。
けれどこれから先の人生まで、人の評価を気にし続けなくても良い。人からどう見えるかよりも、自分が心地よく過ごせているか。
そちらを大切にする時間があっても良いのかもしれません。
過去への後悔
「覆水盆に返らず」
一度こぼれた水は、元には戻せません。人生も同じです。
「あのとき、違う選択をしていれば」
「どうしてあんなことを言ってしまったのだろう」
長く生きていれば、後悔がまったくない人のほうが少ないでしょう。でも、過去に戻ることはできません。だったら、過去を変えるのではなく、過去の自分を責め続けることを終わりにする。
そんな選択があっても良いのではないでしょうか。
「こうあるべき」という思い込み
「十人十色」
人の好みも考え方も、それぞれ違います。それなのに「妻ならこうするべき」「親ならこうあるべき」「この年齢なら、こうしなければ」と、自分自身を縛ってしまうことがあります。
昔は当たり前だったことが、今の自分には合わなくなっていることもあります。時代が変われば、価値観も変わる。
昔の自分を支えてくれた「こうあるべき」を、これからの自分まで背負い続けなくても良いのかもしれません。
無理して人に合わせること
誰かに頼まれたら断れない。行きたくなくても付き合う。疲れていても、人に合わせる。そんなことを繰り返してきた人も多いのではないでしょうか。私もその一人です。
人との関係を大切にすることは、とても素敵なこと。けれど、すべての人に合わせながら生きていく必要はありません。
「今回はやめておきます」「今日は家にいます」そんな小さな断り方を覚えることも、これからの人生には必要なのかもしれません。
人に合わせることより、自分の心を疲れさせないこと。
そんな選択をしても良いのではないでしょうか。
人との比較
「隣の芝生は青い」
隣の家の芝生は、自分の家の芝生よりきれいに見える。そんな意味の諺です。「あの人は幸せそう」「あの人はお金に余裕がありそう」「あの人は元気でいいな」人と比べ始めると、きりがありません。
でも、見えているのは、その人の人生のほんの一部分。誰かの人生を基準にして、自分の人生を採点しなくても良いのではないでしょうか。
自分の人生は、自分のもの。
そう思えるだけでも、心は少し軽くなるのかもしれません。
必要以上の見栄
「花より団子」
見た目の美しさより、実際の利益や満足を大切にするという意味の諺です。立派に見せたい。人から羨ましいと思われたい。「ちゃんとした暮らし」をしていると思われたい。
そんな気持ちが、いつの間にか暮らしを窮屈にしてしまうことがあります。もちろん、好きな物を持つことも、きれいに暮らすことも素敵なこと。でも、これからは、
人に見せるためではなく、自分が心地よいものを選ぶ。
そんな暮らしが、ふと心を軽くしていくのではないでしょうか。
完璧主義
「過ぎたるは猶及ばざるが如し」
何事も、やり過ぎることは、足りないことと同じように良くない。そんな意味の言葉です。家事も。料理も。仕事も。人付き合いも。「ちゃんとしなければ」と思ってしまう。
でも、人生の後半まで、いつも100点を目指さなくても良いのかもしれません。今日は70点。今日は50点。そんな日があってもいい。
少し手を抜いたくらいで、人生が壊れるわけではありません。
頑張り続けることより、無理なく続けられることを選ぶ。そんな生き方に変えていっても悪くはないのではないでしょうか。
昔の人間関係
「去る者は追わず」
離れていく人を、無理に追いかけない。そんな意味の言葉です。昔からの友人。昔の仕事仲間。長く続いてきたご近所付き合い。長く付き合ったことは、大切な思い出です。
けれど、昔から続いている関係と、これからも続けなければならない関係は、同じではありません。
人との距離が変わることは、悪いことではないのかもしれません。これからの自分に合う人間関係へ、少しずつ変わっていっても良いのではないでしょうか。
罪悪感
「自分だけ楽しんではいけない」「休んではいけない」「家族より自分を優先してはいけない」
そんな気持ちを抱えたまま、長い年月を過ごしてきた人もいるかもしれません。誰かのために頑張ることは、とても大切なことです。
でも、自分の人生を楽しむことまで、罪悪感で遠ざけなくても良いのではないでしょうか。
休むこと。好きなことをすること。おいしいものを食べること。笑うこと。自分のための時間を持つこと。それは、誰かを大切にすることと、両立できるものなのかもしれません。
「もう年だから」という諦め
「老いてはますます壮んなるべし」
年齢を重ねても、ますます志を強く持つべきだという意味の言葉です。「もう年だから」「今さら遅い」「この歳では無理」そうやって、自分の可能性まで年齢で決めてしまうことがあります。
もちろん、若い頃と同じことができなくなることもあります。でも、新しいことを知りたい気持ちまで、年齢に合わせて小さくする必要はありません。
行ってみたかった場所。読んでみたかった本。やってみたかったこと。小さなことでも構いません。
「もう年だから」ではなく、「今だからやってみたい」と思えるものがあっても良いのではないでしょうか。
心の中にも、生前整理を
家の中の物を整理すると、暮らしが軽くなります。同じように、心の中の荷物を整理すると、人生も少し軽くなるのかもしれません。人からの評価。過去への後悔。「こうあるべき」という思い込み。無理な人付き合い。人との比較。必要以上の見栄。完璧主義。罪悪感。そして「もう年だから」という諦め。
どれも、長い人生の中で身につけてきたものです。だからこそ、急に全部を捨てなくてもいい。「これは、もう持っていかなくてもいいかな」そう思えるものから、一つずつ。
物の生前整理をするように、心の中も少しずつ整理していく。これからの人生には、本当に大切なものだけを残していくことも、これからの人生を豊かにしてくれるかもしれません。

