私たちは日々、たくさんの選択をして生きています。
「体調を崩したとき、どんな治療を選ぶか」
「住まいや暮らしのトラブルに、どう対処するか」
そんな選択の場面で、もし目の前に「ものすごい肩書を持つ専門家」や「一流の知識を持つ人」が現れたら、あなたならどうしますか?
きっと多くの人が、「この人が言うなら間違いないだろう」「素人の自分が疑うなんて失礼だ」と、自分の直感にフタをして相手の言葉を信じ込んでしまうのではないでしょうか。
しかし、ここに人生最大の盲点があります。
実は、私たちが人生で一番守るべきものは、お金でも、他人のメンツでもありません。それは、「自分の違和感を信じ、自分で自分の安全に責任を持つという『知恵』」。
「頭が良い人」が「正しい判断」をできるとは限らないんですよね。そこは落とし穴。
世の中には、驚くほど高学歴で、一流の経歴を持ち、専門知識が豊富な人がたくさんいます。
私たちはつい、そういう人を「自分より頭が良い人」として、判断を丸投げしてしまいがちです。
ですが、世間の様々なニュースからも分かるように、見落としがちな事実があります。
「目の前の人の専門知識の量」と、「自分の人生にとって正しい判断として受け入れられる事か」は、まったくの別問題であるということです。
専門家は、その分野のデータや理論には誰よりも詳しいかもしれません。しかし、私たちの体質、私たちの家族関係、私たちの生活、そして私たちの未来のリスクまで100%把握して、責任を取ってくれることは不可能です。
どれほど相手の方の肩書が素晴らしくても、何かトラブルが起きたとき、最後にすべてを背負うのは「私たち自身」なんですよね。自由診療であれ、民間療法であれ、日常の契約であれ、現代社会の基本はどこまでも「自己責任」。自分の判断の世界なのです。
一番断りにくい「無知な善意」という罠
世の中のトラブルの多くは、悪意のある詐欺師ではなく、実は「悪気のない身近な人」や「良かれと思って勧めてくれる人」から始まります。
「これは本当に良いものだから!」と、純粋な善意で何かを勧めてくる人。
あるいは、悪気はなくても、知識がないためにミスを重ね、結果的に周囲を巻き込んでしまう人。相手の方が確固たる信念のもとに勝手に判断をしていること。
相手に悪意がないからこそ、私たちは人付き合いの手前、強く突っぱねることができず、ふらっと巻き込まれてしまいます。気づいたときには、生活の基盤を揺るがされるような事態に発展し、引っ越しや環境の変更を余儀なくされることすらあります。
だからこそ、私たちに必要なのは、相手とケンカするための武器ではなく、波風を立てずに自分を守るための「盾」としての知識です。
「なんか・・」「あれ?」「もしかして・・」「怪しい?怖い?」は、体が鳴らしてくれた最高の防犯アラームです。
もし、すごい肩書の人から何かを提案されたとき、あなたの心の中に「…でも、なんか腑に落ちないな」「なんとなく怖いな」という小さなモヤモヤが生まれたら、その直感を絶対に無視しないでください。
その違和感こそ、あなたの脳と体が危険を察知して鳴らしてくれている「最高の防犯アラーム」なのです。
知識の量では専門家に勝てなくても、「自分の身を守るための知恵」において、私たちの直感は最初から正しい答えを知っています。
「相手のほうが優秀だから」と自分の声を消してしまう必要はありません。
「知識は相手が上かもしれないけれど、私の人生の安全を決めるのは私だ」
そうやって、自分の感覚に堂々と自信を持って大丈夫です。
正しい知識と、自分への信頼を両手に持って
悪気のない人たちの渦に巻き込まれず、冷静に自分を守るためには、2つのものが必要です。
- 一歩立ち止まってリスクを調べる「正しい知識」
- 「私は私の違和感を信じる」という「自分への信頼」
これらを持っておくことで、相手の方の顔を潰すことなく、スマートに距離を置き、自分の大切な体や暮らしを守り抜くことができます。
肩書に圧倒されそうになったときこそ、深呼吸をして、自分の内なる声に耳を傾けてみてください。私たちの人生の主人公は、他の誰でもない、私たち自身なのですから。