「近所付き合いは大切」 そう思って始めたちょっとしたお手伝いが、いつの間にか自分の生活を浸食していませんか?
超高齢化社会の今、マンションや住宅街で静かに起きているのが「ご近所介護」という問題です。特に在宅で仕事をしていると、「家にいる=いつでも頼れる人」と思われてしまいがち。
今回は、私が悩んだ末に「境界線(バウンダリー)」を引くことで手に入れた日常、その大切さについてお話しします。
忍び寄る「無償のケア」という依存
最初は「電球を替えてほしい」「スマホの使い方がわからない」といった、小さなお願い事でした。 でも、気づけばそれはエスカレート。
- 体調不良の電話が、まるで緊急ボタンのようにかかってくる
- 仕事中であっても、相談事のためにインターホンが鳴る
- ケアマネジャーさんまで「近所にあなたがいてくれて安心」と挨拶に来る
いつの間にか、私は「近所の親切な人」ではなく、「24時間待機の無償介護スタッフ」のような役割を期待されるようになっていました。
一方で、外に働きに出ているその方のご家族は、私がケアをしている間、自分の仕事に集中し、収入を得ている。この不公平感に、私の心は少しずつ悲鳴を上げていました。
私が「境界線」を引くと決めた理由
「お年寄りを助けるのは良いこと」という道徳心と、「自分の仕事と生活を守りたい」という本音。その狭間で私が気づいたのは、「素人の善意は、時にプロの介入を遅らせる」という事実でした。
私が無理をして支え続けてしまうと、ご家族や行政は「今のままで大丈夫」だと勘違いしてしまいます。 私が手を引くことは、冷たさではなく、その方が適切な公的サービスを受けるための「必要なステップ」なのだと自分に言い聞かせました。
心を守るための「3つの処方箋」
境界線を引いたことで、相手のご家族から無視されるなどの摩擦もありました。でも、後悔はしていません。そんな時に私を支えてくれた カウンセリングでも使われる考え方(アファメーション)も含めてご紹介します。
1. 「不機嫌は、相手の持ち物」
私が境界線を引いて相手が怒ったとしても、それは「都合のいいサービスがなくなって困っている」相手の課題です。その不機嫌を受け取らない。
2. 「私はプロではない」
医療や介護の知識がない隣人が、命に関わる「緊急連絡先」になるのは無責任です。本当の安全は、家族や専門職がチームで守るべきものです。
3. 「罪悪感は、優しさの証拠」
「断って申し訳ない」と思うのは、優しいからです。でも、その優しさはまず、自分自身の生活と心を守るために使う。
結び:自分を大切にすることが、持続可能な近所付き合い
境界線を引いたことで、私もようやく自分の仕事に集中し、心からリラックスできる時間を取り戻しました。
もし今、同じような状況で苦しんでいる方がいたら、伝えたいです。 「あなたの優しさは感謝されているのではなく、誰かにとって都合が良いだけかもしれませんよ」と。
断る勇気も持って構わない。超高齢化社会は優しさが利用される時代がやってきます。境界線を持つことは、自分自身の人生の主導権を取り戻すこと。 冷たい人だと思われても大丈夫。あなたが笑顔でいられる距離感こそが、これからの時代に必要な「新しいご近所付き合い」の形なのだと思います。
